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『ふてほど』流行語大賞の功罪――炎上が浮き彫りにした社会の分断と希薄化

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目次

ドラマが評価された本当の理由

昭和と令和 ギャップ

昭和と令和のギャップ描写

ただし、ここで勘違いしてはいけないのは、「ふてほど」が嫌われたからといって、ドラマまで否定されているわけではないという点です。

『不適切にもほどがある!』そのものは、「コンプライアンス社会をうまく笑いに変えた」「昭和と令和の価値観の差を正面から描いた」として、多くの視聴者から評価されました。

なおじも、実は好きです。

いわば”中身は良作、ラベリングが炎上”という状態。

昭和の常識が、令和では”完全アウト”とされる場面。

体育館でのしごき、飲み会のノリ、家父長的な物言い。

見ていて胃がキリキリする一方で、「昔は本当にこうだった」と苦笑いした人も多かったはずです。

一方で、令和側のキャラクターも一枚岩ではありません。

若者たちも、コンプラの鎧を着たまま生きている窮屈さをそれとなく抱えている。

視聴者が共感した社会風刺

この”両方のしんどさ”を、笑いと人情で包んで見せたのが、このドラマのうまさでした。

どちらか一方を全否定しない。これ、大人の鑑賞に耐えるポイント。

Z世代の86%が「ふてほど」という略称には否定的でしたが、ドラマが提起した社会問題には一定の理解を示していました。

ただし、ここで重要なのは、ドラマへの評価と「ふてほど」という略称の流行は別物だという点。

視聴者は作品のメッセージに共感しても、その略称を日常的に使用したわけではないんです。

これは、学級会で生徒が「先生の言いたいことはわかるけど、その言い方はちょっと…」と言うのに似ています。

現代社会が抱える二つの病

2026年 特番 すてほど

コンプライアンス過剰の弊害

ドラマの中心にあるのは、「コンプライアンスの重要性」と「コンプライアンス過剰」の微妙な境目です。

ルールを守ることは大前提。

でも、何かあるたびに「それコンプラ的にアウトです」と言って話を終わらせてしまうと、議論も工夫も生まれない。

教室で言えば、話し合いの前に「それは不適切」と蓋をしてしまう状態。

現実の職場でも、「炎上したら困るから」「お客様に誤解されるから」と、チャレンジやユーモアがどんどん削られていきます。

結果として残るのは、誰にも刺さらない”安全第一の当たり障りないコンテンツ”。

ドラマの市郎は、まさにその壁に体当たりしていくキャラクターでした。

昭和的な乱暴さを引きずりつつも、「人を喜ばせたい」「目の前の誰かを守りたい」という動機だけはぶれない体育教師。

だからこそ、完全な悪者には見えないんですよね。

「いや、それはやりすぎだろ」とツッコミながらも、どこか憎めない。

他人への無関心という副作用

もう一つ、ドラマが突きつけたのは「他人への無関心」の問題。

令和の人物たちは、基本的に優しい。

昔の教師のように怒鳴り散らしたりはしない。

でも、その優しさの裏側で、「深入りしない」「波風を立てない」というスタンスも強くなっている。

誰かが困っていても、「それはその人の問題だから」「変に関わると面倒なことになるから」と、一歩引いてしまう空気。

職員室でも、会社でも、SNSでも。

市郎は、その空気を平気でぶち破ります。

良くも悪くも「お節介のかたまり」。

昭和の体育教師の象徴みたいな存在。

現実世界では、こんな人がいたら確かに大問題。

でも、一切お節介のない世界も、どこか冷たい。

ドラマは、この”どちらにも偏らない揺れ”をずっと描いていたように感じます。

新年スペシャルが突きつける「政治」のタブー

里依紗 政党応援

そして2026年1月4日の新年スペシャルで、テーマはさらに一歩踏み込んだ「政治」へ向かいます。

渚は報道局に異動し、政治特番を担当する立場になります。

番組に出演した都議会議員・平じゅん子(江口のりこ)の姿勢に感銘を受け、すっかり傾倒していく渚。

ところが、渚が平を熱く語り始めると、周囲の空気は一気に冷たくなる。

「政治の話をすると面倒くさい」「仕事場でそういう話はやめてほしい」

どこかで見たことのある反応です。

ちょうどその頃、芸能人の政治的発言がSNSで炎上したばかり、という設定も効いています。

「政治の話なんて、真面目にしちゃダメ。」

そんな日本の空気を、そのままセリフにしたような展開。

さらに、平が国政選挙に出馬することになり、「公平性」を理由に政治特番が放送できなくなる。

これは現実の放送倫理とも直結する、かなりギリギリのラインの描写です。

「公平であること」と「何も言わないこと」が、いつの間にかイコールになってしまう怖さ。

ここ、社会科教師としては、教室でじっくり議論したくなるテーマです。

スペシャルでは、さらに未来の2036年も描かれます。

そこでは、平じゅん子が日本初の女性総理候補として名前が挙がっている世界。

いよいよ誕生か、という瀬戸際で、ある事件が勃発。

その事件は、渚とも深く関わっている。

つまり、「今の選択」が「未来の政治」と「家族の人生」両方に影響する構図になっているわけです。

そこで市郎がどう動くか。

タイムトンネルを使える立場として、どこまで”歴史”に手を入れていいのか。

ここでも、「タイムパラドクスは起こすな」というブレーキ役と、「家族を守りたい」というアクセル役がぶつかります。

昭和の父親としての「暴走」と、家族への「真っ直ぐな愛情」

その両方が、市郎の中で同居している。

だからこそ、視聴者も簡単にはジャッジできないんですよね。

騒動が教えてくれた三つの真実

すてほど 市郎 娘 恋人

流行と社会的意義は別物

ふてほど」騒動から見えてきたのは、二つのことです。

一つ目。

流行語としての「ふてほど」は失敗だったかもしれない。

でも、ドラマが投げかけた問いは、決して失敗ではなかったということ。

略称が流行しなくても、作品が心に残すものはある。

むしろ、「変にバズらなかったからこそ、落ち着いて考えられる作品」になった側面すらあるかもしれません。

二つ目。

流行語大賞という”イベント”と、社会が本当に議論すべきテーマとの間に、大きな溝ができているということ。

メディアの分断が浮き彫りに

コンプライアンス過剰、他人への無関心、政治へのタブー視。

これらは2020年代の日本社会にとって、かなり根深い問題です。

それなのに、その議題を運ぶ”パッケージ”であるはずの流行語大賞が信頼されていない。

教師で言えば、「授業で扱う教材は大切なのに、テスト問題が納得できない」と生徒に思われている状態。

これは、授業そのものへの信頼も一緒に削ってしまう危険なサインです。

【表:「ふてほど」騒動の賛否データ】

項目割合主な意見
「ふてほど」への否定的意見約90%「聞いたことがない」「流行していない」
「ふてほど」への好意的意見約10%「ドラマは面白かった」「社会風刺として良作」
流行語大賞制度への否定的意見約80%「選考基準が不透明」「時代遅れ」
流行語大賞制度への肯定的意見約20%「年末の風物詩」「選考委員の意図を理解」

(出典:Yahoo!ニュース分析 2024年12月8日時点)

では、「ふてほど」はダメな流行語だったのか。

ここは、少しだけ擁護しておきたいところです。

少なくとも、「この選び方はおかしくないか」「本当に流行していた言葉って何だろう」という議論を呼んだという点では、かなり”仕事をした流行語”だとも言えます。

生徒にテスト問題を出して、「先生、この問い方はフェアじゃない」と返される。

教師としては耳が痛い。

でも、それをきっかけに評価方法や授業の進め方を見直すこともある。

今回の「ふてほど」も、まさにそんな”苦い教材”なのかもしれません。

分断を超えて――作品が残した本当の価値

市郎 娘

ふてほど」という略称は流行しませんでした。

これは紛れもない事実です。

しかし、『不適切にもほどがある!』というドラマが投げかけた問いは、今も多くの人の心に残っています。

昭和と令和、どちらが正しいのか。

答えは単純ではありません。

昭和的な価値観には温かさと人間味があった一方、ハラスメントや差別も横行していました。

令和的な配慮には公平さと多様性への尊重がある一方、過度な慎重さが人間関係を冷たくしている面もあります。

このドラマが優れていたのは、どちらか一方を礼賛するのではなく、両方の時代の光と影を描いた点です。

「自分たちは変わりすぎてしまったのではないか」という問いと、「それでも変わらなければならなかったこと」の両方を、視聴者に突きつけました。

流行語大賞という枠組みを超えて、この作品が社会に残した価値は確かに存在します。

コンプライアンスと人間らしさのバランス、ルールと柔軟性の共存、他人への適度な関心。

これらは、令和社会が解決すべき課題として、今も私たちの前にあるんです。

ふてほど」騒動は、メディアの分断、選考制度の問題、そして現代社会の課題を一度に浮き彫りにしました。

略称が流行しなかったことを嘆くより、なぜ流行しなかったのか、その背景にある社会の変化を読み解くことこそが重要ではないでしょうか。

ドラマが提起した問いに、私たち一人ひとりがどう向き合うか。

それこそが、この作品が残した本当の価値なのかもしれません。

Q&Aで振り返る「ふてほど」騒動

Q1: 「ふてほど」は本当に流行したのですか?

A1: 公式ハッシュタグとして事前告知されましたが、自然発生的に広まった略称ではありません。

ネット調査では約90%が「聞いたことがない」と回答しています。

Q2: なぜドラマは評価されたのに略称は流行しなかったのですか?

A2: ドラマ自体の社会風刺は評価されましたが、略称を日常的に使う文化が定着しなかったためです。

作品の価値と流行語は別物という認識が視聴者にありました。

Q3: 流行語大賞の選考基準に問題はあるのですか?

A3: 選考基準の不透明性や、テレビ中心の選考がネット文化と乖離している点が指摘されています。

約80%が制度自体に否定的という調査結果もあります。

Q4: ドラマが提起した社会問題とは何ですか?

A4: コンプライアンスの過剰適用による創造性の抑圧と、人間関係の希薄化という二つの現代的課題です。

昭和と令和の価値観ギャップを通じて描かれました。

Q5: 2026年1月4日の新年スペシャルでは何が描かれますか?

A5: 渚が報道局で政治特番を担当し、「政治の話をしてはいけない空気」と向き合います。

未来の2036年では平じゅん子が女性総理候補として登場し、市郎がタイムトンネルで家族の運命に介入しようとする展開が描かれます。

筆者紹介|なおじ

元社会科教師として35年間教壇に立ち、進路指導や学級運営に携わってきました。

現在は8つのブログで、ドラマ芸能政治歴史スポーツ学び書評を執筆しています。

ドラマ記事では「時代背景」や「心の揺れ」をゆっくり言語化するスタイルを大切にしています。

教師時代の経験を活かし、社会問題とエンタメを結びつける視点で書いています。

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