YOASOBIの「夜に駆ける」を初めて見た時、画面に釘付けになりました。
淡い色彩なのに、どこか胸がざわつく不思議な感覚。
毎土曜日、学習教室を行っているのですが、そこに通ってくる美術が得意な生徒に「藍にいなさんみたいに描きたい」と言われて、還暦過ぎたなおじも慌てて調べたのが、藍さんの絵との出会い。
今では妻と一緒にMVを見ながら「この色使い、なんとも言えんなあ」と唸る日々です。


藍にいな(現:nina)という天才の軌跡
東京藝術大学を卒業した藍にいなさんは、現在ninaとして活動するアニメーション作家・イラストレーターです。
幼稚園の頃から「人間の顎がうまく描けた」ことに喜ぶ子どもだったというエピソードには、思わず笑ってしまいました。
社会科教師だったなおじの周りにも、休み時間にずっと絵を描いている生徒がいましたが、そういう子は本当に絵が人生そのものなんですよね。
2019年にYOASOBIのデビュー曲「夜に駆ける」のMVを手がけたことで、彼女の名前は一気に広まりました。
このMVは2020年4月に1000万回再生を突破し、現在では億単位の再生数を記録しています。
ポップなのにどこか暗い、生と死の境界を描いたあのアニメーションは、見た者の心に深く刻まれます。

「夜に駆ける」を含むYOASOBIのファーストアルバム『THE BOOK』では、藍にいなさんのアートワークと共に音楽の世界観をより深く味わえます。新曲も含む充実の内容で、MVと合わせて聴くとまた違った発見があります。
その後も米津玄師「STRAY SHEEP」、マカロニえんぴつ「好きだった(はずだった)」、Hey! Say! JUMP「千夜一夜」など、名だたるアーティストのMVを次々と担当。
いやはや、音楽シーンに欠かせない存在になっています。
淡い色彩に宿る「怖さ」の正体

藍にいなさんの絵の最大の魅力は、アート性の高い淡い色彩とポップさが同居している点です。
彼女のルーツには、19世紀末から20世紀初頭の印象派やポスト印象派、ウィーン分離派の影響があります。
クリムトやエゴン・シーレ、モーリス・ドニといった画家たちの作品に衝撃を受け、「風景をリアルに写すのではなく、画家が感じた印象をそのまま絵画に落とし込む」という手法に魅了されたそうです。
なるほどなあ、社会科で世界史を教えていた時、この時代の芸術運動を説明したことを思い出します。
当時の画家たちが既成概念を壊そうとした情熱が、100年以上の時を経て藍にいなさんの作品に息づいているわけです。
面白いのは、本人が「ポップさとアートの中間点にいるのは私くらい」と語っている点。
日本のアニメっぽいアニメでもなく、純粋なアートアニメーションでもない。
その絶妙な中間地点こそが、幅広い層に受け入れられる秘密なんですね。
さらに特徴的なのが、「何を描いても怖い」とよく言われる独特の雰囲気です。
ポップなイラストを描こうとしても、どこか狂気じみた、奇妙な空気がにじみ出る。
この「怖さ」や「不気味さ」が作品の個性となり、多くの人の心を掴んでいます。
藍にいなさん自身も「いいと思うものを出せば伝わる」という自信を得たと語っており、その覚悟が作品の強さに繋がっているのでしょう。
物語を紡ぐ制作プロセスの奥深さ

藍にいなさんの作品が心を掴む理由は、物語性を何よりも重視している点にあります。
MVだろうと一枚絵だろうと、背景にある物語を想像・妄想することから制作を始めるそうです。
「夜に駆ける」のMV制作時には、楽曲の基になった小説からさらに登場人物の設定を練り込み、二人はどんな生まれで、どんな性格で、どんな経験をしてきたのかをA4の紙にびっしり書いていったといいます。
教師時代、授業の教材研究でここまで深く調べたことがあったか、と我が身を振り返ってしまいました。
この徹底した下準備があるからこそ、楽曲のスケール感と違わない映像が生まれるわけです。
また、彼女のアニメーションはパラパラ漫画の要領で、ひとコマひとコマMacを使って手描きで制作されています。
1作のMVで1000から1500枚もの絵が必要になるそうで、その気の遠くなるような作業量には頭が下がります。
手描きっぽい線をあえて残すことで、一秒見ただけで記憶に残る色味やフォルムを実現している。
デジタル全盛の時代に、この手作業の温かみが逆に新鮮なんですね。
藍にいなさんの制作プロセスをもっと深く知りたい方には、作品集『羽化』がおすすめです。MVの絵コンテや初公開のスケッチ、キャラクターデザインなど208ページにわたり、YOASOBIやマカロニえんぴつなど数々のMV制作の裏側が覗けます。さらにBOOKinBOOKとして新作描き下ろし漫画も収録されており、ファン必携の一冊です
マツコの知らない世界で注目度上昇か
藍にいなさんは、TBSの人気番組「マツコの知らない世界」に出演予定となっています。
番組でどんな話が飛び出すのか、今から楽しみです。
YOASOBIのMVで彼女の作品に触れた若い世代だけでなく、マツコさんの番組を見る幅広い年齢層に藍にいなさんの魅力が伝わることになるでしょう。
芸術とポップカルチャーの垣根が、こうしてどんどん低くなっていくのは良いことだと、元教師としても嬉しく思います。
まとめ
藍にいなさんの絵は、淡い色彩とアート性、ポップさが融合し、独特の「怖さ」を持つ唯一無二の世界観が魅力です。
物語性を徹底的に追求する制作姿勢と、1000枚を超える手描きの積み重ねが、多くの人の心を掴んでいます。
YOASOBIの「夜に駆ける」で彼女の絵に出会った方は、ぜひ米津玄師やマカロニえんぴつの作品も探してみてください。
きっと新しい発見があるはずです。

