こんにちは、なおじです。
LUNA SEAのドラマー・真矢さんが2026年2月17日、56歳で旅立たれました。
妻の元モーニング娘 石黒彩さんがSNSに綴ったのは、「寄り添い支えることが私の幸せでした」という言葉でした。
そのひと言に、26年間の夫婦の歩みが凝縮されているような気がします。
ふたりはそもそも、どうやって出会ったのでしょうか。
学生時代から憧れていたドラマーと、どんな経緯で夫婦になったのか。
なおじが調べたことをまとめました。

この記事でわかること
- 石黒彩さんと真矢さんの馴れ初め・出会いの詳細
- モーニング娘。を脱退した本当の理由
- 3人の子供の名前・年齢
- 出雲大社での結婚式のこと
- 訃報後に石黒彩さんが語ったこと
写真集の1ページ目で「この人と結婚する」——ファンから妻へ
中学生の頃から「真矢くん」のファンだった
石黒彩さんは北海道札幌市の出身。

中学生の頃、LUNA SEAのメンバーの写真集を開いたその瞬間に、強烈な予感を感じたといいます。
「その写真集を開いた1ページ目でピンときて、**『私、この人と結婚する』**って言ったんです。友達は『ウケる』って言ってたけど(笑)」
これは2025年6月に女性自身のインタビューで石黒さん自身が語ったエピソードです。
その後、ライブに通い、コスプレをし、コピーバンドまで組んだといいますから、ファンとしての熱量がすでに別格だったんですよね。
なおじの世代にとっても、LUNA SEAは特別なバンドでした。
1997年当時、学校現場でもLUNA SEAの話題が飛び交うほど人気があって、「ロックにどっぷりはまった中学生・高校生」は全国に何万人もいた時代でした。
共通の知人を介した電話が、すべての始まり

石黒さんとモーニング娘。がある音楽番組の収録に参加したとき、真矢さんも出演していました。
ただし当時の石黒さんにとって、真矢さんは「雲の上の人」。
「緊張して吐きそうでした」と語るほど、遠目で見ていることしかできなかったそうです。
その後、共通の知人が間を取り持ち、真矢さんから電話が来ることに。
「10秒後ぐらいに真矢さんから電話が鳴るから出て」と教えられ、初めて言葉を交わしました。
初めての食事で「結婚しよう」と言われた
共通の知人を含む3人での食事が実現したとき、真矢さんは初対面にもかかわらず「付き合わないか、なんなら結婚しよう」という言葉を口にしました。
石黒さんは「この人って毎回こういうこと言って女の子を落としてるのかな」と内心思ったそうで、これが後に語り草になるエピソードになりました。
ちなみにこの場面、2019年のノンストップ!の夫婦対談映像でも確認されていて、真矢さん自身が「一番ドストレートな言葉を選んだ」と振り返っています。
「推しに告白された」という話だけで、すでに映画1本分の展開ですよね。
「ファンの子が 妻になる日の 春の雨」(なおじ)
モーニング娘。を脱退した本当の理由——21歳・人気絶頂期の決断

1997年、オーディション落選から始まったモーニング娘。
石黒彩さんは1978年5月12日生まれ。北海道出身。
1997年9月、テレビ東京「ASAYAN」のシャ乱Qロックヴォーカリストオーディションの落選者5名のひとりとして、モーニング娘。の結成メンバーになりました。
インディーズCD5万枚完売という条件をわずか5日で達成し、1998年にメジャーデビュー。
同年、派生ユニット「タンポポ」にも参加するなど、まさに絶頂期にいました。
なおじが教員として学校現場にいた1997〜1999年ごろ、「LOVEマシーン」は本当にどこへ行っても流れていました。
モーニング娘。は単なるアイドルグループを超えて、社会現象のひとつになっていましたね。
脱退の理由は「真矢さんと服飾の夢と」
2000年1月のグループ卒業の理由について、石黒さんはのちにこう語っています。
「私のグループ卒業に関しては彼氏をつくり、軽率な行動によってご迷惑をおかけした上、自分の我を通したものです」
正直な言葉ですよね。
服飾の専門学校への進学という夢もあった中で、真矢さんとの将来を選ぶ決断をしたのが21歳のときでした。
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石黒彩さんは今(2026年)何をしている?
卒業後は服飾専門学校に通い、その後「カリスマ主婦」と呼ばれるようになります。
現在はInstagramやYouTubeを中心に、ファッション・ライフスタイル・料理などを発信する人気インフルエンサーとして活動しています。
講演会の講師としての依頼も多く、「元アイドル・3人の子供の母・人気インフルエンサー」というキャリアを歩んでいます。
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真矢さんの訃報——2026年2月17日・56歳・大腸がん・脳腫瘍との闘い

2020年にステージ4の大腸がんを告知された
真矢さんが**大腸がん(ステージ4)**の告知を受けたのは2020年のことでした。
それ以降、がんの治療と並行して音楽活動を継続するという、並大抵の精神力ではできない日々を送ってきました。
さらに昨年は脳腫瘍が発覚し、計7回の手術を経験。
2026年2月17日18時16分、56歳でその生涯を閉じました。
6年間・7回の手術を支えた石黒彩さん
石黒さんは夫の闘病中も、発信を続けながら家庭を守ってきました。
訃報後のSNSには「寄り添い支えることが私の幸せでした」とだけ書かれていました。
多くを語らないそのコメントに、かえって深い愛情が感じられます。
治療の詳細や日々の苦労は、ほとんど外には漏れてこなかった。
それも、真矢さんへの「最後の誠意」だったのかもしれません。
LUNA SEAの今後は
真矢さんはLUNA SEAのオリジナルメンバーであり、バンドの「リズムの要」でした。
メンバーからはそれぞれ追悼のコメントが出されており、今後のバンド活動については現時点で公式な発表はありません。
ファンにとっても、メンバーにとっても、まだ追悼の時間が必要な時期です。
3人の子供たちと、出雲大社での結婚式

3人の娘たちのプロフィール
| 名前 | 読み方 | 生年(推定) | |
|---|---|---|---|
| 長女 | 玲夢 | りむ | 2000年 |
| 次女 | 果蓮 | かれん | — |
| 三女 | 七夢 | なゆ | — |
3人とも女の子。
3姉妹の末っ子まで全員「夢」という文字が入っているのが、いかにも真矢さんらしい命名だなと感じます。
長女・玲夢さんはタレントとして活動

長女の玲夢(りむ)さんは2019年ごろからテレビ出演をはじめ、現在はタレントとして活動しています。
2019年にフジテレビ「ぽかぽか」で石黒さんと共演したときの映像もあり、親子の自然な雰囲気が話題になりました。
その後も独自の活動を続けており、母・石黒彩さんとはまた違うキャリアを歩んでいます。
入籍は2000年5月12日・挙式は2005年に出雲大社で

ふたりの入籍は2000年5月12日。
石黒さんの誕生日と同じ日付というのも印象的です。
当初は長女の妊娠・出産の忙しさもあり、結婚式は挙げられませんでした。
その後、2005年5月12日に出雲大社で挙式。
入籍から5年後、長女が5歳になるタイミングで改めて誓いを立てたのです。
石黒さんは以前、「挙式は念願だった」と語っており、2025年には結婚25周年記念として沖縄でウエディングフォトも撮影しています。
「五年越し 誓いを立てる 出雲の秋」(なおじ)
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よくある疑問に答えます(Q&A)
Q1. 石黒彩さんはなぜ一度、結婚を断ったの?
A. 石黒さんは2025年の女性自身インタビューで、「結婚という肩書きに興味がなかった」「事実婚でいいと思っていた」と語っています。
真矢さんが「子どもが学校に行くときに困るかもしれない」と将来のことまで話してくれたことで、気持ちが変わったそうです。
20代前半の女性が将来をじっくり考えて選んだ道。その真剣さが伝わってきます。
Q2. 訃報後、石黒彩さんはどんなコメントをした?
A. 石黒さんは公式SNSで「寄り添い支えることが私の幸せでした」と綴りました。
長い言葉はなく、ただその一文だけ。
6年間の闘病を支え続けた妻だからこそ書ける言葉だったと思います。
Q3. 真矢さんは石黒さんのことをどう思っていたの?
A. 2019年のノンストップ!での夫婦対談で、真矢さんは「1人の人をずっと好きでいた方が、人生は豊かになる」と語っています。
また「(妻に)まだ2%感じ切れていない。死ぬまでに100%感じられたら最高」と照れくさそうに笑ったエピソードが残っています。
最後まで石黒さんへの愛情を言葉にしていた方でした。
Q4. LUNA SEAは今後どうなるの?
A. 現時点では公式発表はありません。
真矢さんはオリジナルメンバーの一員であり、バンドへの影響は計り知れません。
メンバーそれぞれが追悼コメントを出しており、今はまず悲しみに寄り添う時間が必要な段階だと思います。
今後の動向については、公式サイトや各メンバーのSNSを確認するのが確実です。
Q5. 石黒彩さんは今も芸能活動をしているの?
A. はい、しています。
テレビ・ラジオへの出演のほか、InstagramやYouTubeを中心に活動しています。
ファッションや料理、子育てなどの発信が中心で、フォロワーも多い人気インフルエンサーです。
講演活動も行っており、「元モーニング娘。の1期生」という肩書きだけにとどまらないキャリアを歩んでいます。
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筆者紹介|なおじ
なおじは元社会科教師として教育現場に35年間携わり、指導主事を5年、校長を11年務めました。
退職後もボランティアで子どもたちに学習を教えています。
モーニング娘。が社会現象を巻き起こした1997〜1999年ごろは、ちょうどなおじが学校現場にいた時代と重なります。
生徒たちが話題にしていたあのグループの1期生が、こんなにも深く愛のある人生を歩んでいたのかと、改めて感慨深いものがあります。